思 う が ま ま に(平成21年6月)

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平 成 2 1 年 6 月


 <平成21年6月30日 (火曜日)雨:曇 >              
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 便利な世の中になりました。
 いよいよ、私の道楽の囲碁雑談会の初回の予定が今週末になり、
 最後の準備として「碁罫紙」(囲碁記録用紙)と、初日用のテキストの準備をする。
 碁罫紙は、1冊もあれば1年はもとより数年もちそうである。300円前後のものを、
 電車賃をかけても準備するのは、ばかばかしい。ネットで買っても送料がかかる。
 これこそ、槌より柄の方が太くなっていまう。
 ネットで無料の碁罫紙を探し、とにかく見つけダウンロードする。
 少し、追加したいことがあったので、友の力を借りて、適当に手を加える。
 あとは、初心者用の書き物を探し、一日分のペーパーニ枚を作る。
 何だかんだと午前中は、本職無視の作業であるが、電車賃をかけてわざわざ市谷に行かなくとも、
 机に向かって全部できる。便利になった。でも、ますます運動不足になってしまう。(笑い)

 夕刻より職場の同僚の送別会に参加する。
 とうとう、こんな小さな会社にも、派遣きりが波及してきた。
 景気の底はつき、株価が、一万円をつけたというのに、まだまだ、製造業は厳しいようである。
 今日の彼は、私が親会社に居た頃、東京都下水道局のマッピングシステムのときに、
 課金端末の電気設計を担当して貰った。一般の製造者派遣とは異なるが、時代の流れである。
 それにしても悔しい。彼は、小さな会社としては、珍しくきらりと光る技術屋である。
 会社の将来を考えれば、勿体無い感じがするが、仕方が無いのでしょう。
 しかし、彼のことだから何処かで活躍することだろう。


 <平成21年6月29日 (月曜日)晴れ >              
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 先週の文を読み返してみれば、「書かねばならぬ」になっている。だから面白くない。
 「いとおかし」が無いのは、気負いがあるためだ。こんな状態だと長続きしないだろう。
 だから、今日は淡々と書く。
 太陽が東から昇り、西に沈みました。
 素直な月曜日であった。

 ただ、最近のテレビで思ったことを一言。
 最近の自民党は、なにやら”どたばた”している。
 まるで、私の碁と同じように、序盤の1手が狂って、それからは策する手が、功をなさず、
 反って悪手になってしまっているように見える。
 ゲームなら簡単にリセット出来るのになー

 「じたばたするな、鶏裸足だ」と、言いたい。(使い方が間違っているかな? 許されたし)


 <平成21年6月28日 (日曜日) 曇:雨 >              
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 日曜日は、ゆったりした気分になる。
 ここ数日、詰まらない文になってしまったが、休日は、脳も柔らかくて優しくなるらしいので
 「めだかの学校」のお話をしよう。

 私は、ペットが欲しい。いけめんの坊やをペットにしたいが、そんな物好きはこの世にいない。(当然)
 ならば、犬猫はどうだ。それも家には、寝に帰るだけの私だから無理である。

 碁会所に、私と同年代の温厚な紳士がいる。彼は、昨年の今頃、テレビ撮影が来る程の愛犬を亡くし
 「今度は、めだかを飼うことにした」と言っており、水槽など道具を準備していた。
 先日、彼が、碁を打ちながら、「女房の話だと、”荻窪めだか”があるそうだ。どこで手に入る?」と、
 席亭や、みんなに聞く。
 席亭が、「川南あたりにあるようなことを、聞いたことがある。」と、言うが定かではない。
 「荻窪で生まれた”めだか”かー」
 「善福寺川で生まれて育ったのかな?」と、ひとしきり”めだか談義”がはじまる。
 結論は誰もわからず、「しのちゃん、ネットで調べろ」で落ち着く。

 そうだ、めだかなら、私のペットになるかもしれない。彼の奥さんの薦めもあることだし。
 よし、”荻窪めだか”にしよう。私の愛する荻窪生まれとは、最高ではないか。
 ちなみに、奥さんも囲碁仲間の一人である。

   「荻窪めだか」をキーにして調べてみると、確かに、荻窪めだかはあった。
 誰でも一度は、口ずさんだ童謡「めだかの学校は、川の中」を生んだメダカが、荻窪めだかである。
 ところが、よく見ると荻窪は荻窪でも、小田原市荻窪にある荻窪用水のメダカである。
 これが、”荻窪めだか”として、ペットショップで売られているらしい。

 ついでに、受け売りであるが、童謡誕生の逸話を紹介しよう。
 作詞者が買出しの途中で荻窪用水に寄ったとき、息子が大きな声を出したら、メダカが逃げた。
 それを見て「大きな声を出すから、めだかが逃げてしまったではないか」と、息子に言うと、
 「大丈夫、ここは”めだかの学校”だから、直ぐ戻ってくる」の、息子さんとの会話が基らしい。
 それにしても、子供の発想は素晴らしい。
 また、善福寺川生まれの”めだか”が居るのなら教えて欲しい。


 <平成21年6月27日 (土曜日) 晴   >              
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 梅雨の中休みというのか、今日も真夏日と呼ばれる暑い日であった。

 また、荻窪の名物が無くなるそうです。
 荻窪駅の改札を出て階段を上がると、焼き鳥の匂いがする。
 終戦直後の映画に出てくるような、ビールケースを並べ、その上に板を載せたようなテーブルに
 色々の風税の人たちが表に向って飲んでいる。
 私は、入ったことがないので、中の様子は知らないが、荻窪庶民の憩いの場所として愛されていた。
 「子供の頃は、大きくなったらここでお酒を飲むのが夢だった」と、
 荻窪で生まれ育った知人の言葉がそれを物語る。

 荻窪は、中央線の下町と言われるほど庶民的な街であり、その駅前は、他の中央線の駅前とは、
 雰囲気が異なる。私が荻窪に住むようになったのは、昭和40年代であり、
 当時はルミネやタウンセブンもなく、アメ横のようなマーケットがあった。
 そのマーケットは、日常雑貨品からダイヤモンドを商うような宝石店まであり、会社の帰りに
 ぐるーと一回りし、生活必需品を調達した。マーケットの日常雑貨は、会社の生協より安かった。
 そこも今は、タウンセブンのビルになり、荻窪夫人と呼ばれ奥様方が、喜ぶように駅前はきれいになり、
 代償として物価が上がった。

 これで、未だ、残っていた雑然とした一角が無くなる。焼き鳥屋、ラーメン屋、そしてその隣の果物屋が
 なくなり、駅前ロータリーとなるそうだが、寂しさを感ずる。
 これが、時代の流れであると思うが、庶民の息使いを感ずるような、温もりのある空気が消えていく。
 なにやら、昔を懐かしむのも歳なのでしょうか。

 
 <平成21年6月26日 (金曜日) 晴   >              
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 この時期にしては、珍しく湿度の低い晴れた日であった。

 昨夜、飲み屋で常連の紳士から一冊の雑誌(ダイアモンド)を渡された。
 「私に読みなさい?」「そうかー。」いつも博打の話ばかりして、たまに世間話をすると、その内容の
 教養の無さに呆れていたのでしょう。これの何を読めばいいのだろう。
 確か、渡された時に一言あったと思うが、何を食べようかが先で聞きそびれた。(阿呆!)
 大見出しの「自動車100年の・・・」または、小見出しの「改正薬事法・・」だろうか、
 それともこれを読んで株で「一儲けせよ」かな。 とにかく、うやうやしく頂いて帰る。

 世の中の人は、自分の実力を高めるために「専門馬鹿になれ」というが、私はこの言葉を余り
 好きではない。
 専門馬鹿になるには、ノーベル賞とは言わないが、それなりの道を究めなければならない。
 そんなことは、IQの低い私には無理である。
 私は、現役の頃、「技術の柱でなく、技術の山を作ろう」と、同僚と良く話した。
 その山の頂点が、たまたま今の自分の専門であるようにしたい。
 私が行っている仕事で必要とする程度の柱は1センチ伸ばすのは、それほど難しくないが、
 山を1センチ高くするには、裾野から高くする必要がある。
 裾野の広い山にするには、仕事に全く関係のない教養や遊びも必要とする。
 柱を1センチ伸ばした面積と山を1センチ高くした面積は、大きな差があり、
 投資エネルギーは、比べ物にならない。そして、柱は、倒れる危険性をもつが、山は簡単に倒れない。
 こういう屁理屈で専門知識の無いのを誤魔化す。
 そんな訳で、「ザー」と読んだ内容を、私の建設中の山の裾野にばら撒く。

 なにやら、小理屈の話になったが、折角頂いた雑誌である。
 彼の期待する記事に対する考察は、書けないが、面白い記事を見つけた。またまた、博打の話である。
 証券アナリスト「やまざき・はじめ」氏の書き出しの言葉である。
 「債権運用や外国為替は、競輪に似ていて、株式投資は競馬に似ている・・・」と、ある。
 「うんー、まとを得ている」 私は、競輪・競馬を、兜町の営みに例えるほどの発想は出来なかったが、
 私も、競輪と競馬の違いを聞かれたときは、「競馬は畜生が走り、競技に対する変量が多くて読めない。
 競輪は、選手の政策や行動を考慮してレースの展開を読むが、人間の心理は、深くて読めない」と、
 答える。 同じようなことを、1枚のぺーパーで語っている。これ以上の細かいことは、省略する。
 多分、執者も知識の山の1合目か2合目に、競馬・競輪があったのでしょう。

 「山を作る専門家になろう」は、私の持論である。
 しかし、糧としている物を頂点にして、ほんの少しで良いから山を高くしたいが、なかなかできない。
 これも歳のせいでしょうか。寂しいです。

 
 <平成21年6月25日 (木曜日) 晴   >              
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 権利と義務は、対として語られることが多い。
 権利を行使すると言うのなら、義務は何だろう。果たすである。
 私の年に2回の行事である義務の一つを果たしてきた。
 これで、今年のはっきりした義務は済んだ。
 義務の一つである所得税納付は、二月の確定申告で済んでおり、六月は、地方税、国保の納付である。
 私は、住民税等の公的機関への支払いは、一括払いとしている真面目(?)な人間である。

 地方税、固定資産税と支払うべき物を足し算してみると、去年より随分少ないような気がする。
 勘違いかと思い、去年の記録を出して比較すると、やはり大幅に少ない。
 「あーそうか、健康保険は10月から、年金引き落としだったな」と、
 思い出し、その分を引き算しても少ない。減税の話は聞いていないのにおかしい。
 「役人さんが計算間違いをしてくれたかな、うふふ・・」と、地方税の通知書に同封された印刷物を読む。
 なんと、地方税も10月からは、年金引き落しとある。

 「お役人さん、何を考えている。国保は、後期高齢者問題の時に、マスコミにたたかれて
 口座振込みを急遽認めたのに、所轄局が違えば関係ないのか。・・・」と、縦割り行政に不満を抱く。

 この辺までは未だ許せたが、合計したら去年より高い。収入は、ほとんど変わっていないはずだのに。
 少し腹がたった。しかし、「僕は、もう税金を払わなくても良くなった。寂しいよ」と、
 語った先輩を思い出す。 「私は、まだ税金を払える身分である。幸せではないか。」と、
 自分に言い聞かせて義務をはたす。

 さー、義務を果たした。後は権利を主張しよう。でも、国や地方に対する権利って何があるのだろう
 選挙権?。しかし、私にしてみれば、選挙は、選択を許された義務にも思える。後は何?
 高校時代に「国民は、健康で文化的な生活を営む権利を有する」と、習った覚えがある。
 何を以って文化的と言えるのか判らないが、とにかくそれなりの生活をしている。
 でも、その時、「公務員は国民の奉仕者である・・・」と、言うようなこともで習った。

 お役人さん、私達は、大した文句も言わずに義務を果たしているのです。だから無駄使いは止めて
 庶民に奉仕して下さい。国民の健康で文化的な生活のために、そして貴方も国民の一人ですよ。
 だから、権利と義務を上手に使いましょう。

   
 <平成21年6月24日 (水曜日) 雨:晴 >              
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 良かった。私の脳は、落ち着いたようである。
 夕べ、この日記を書いて床に入るが、なかなか寝付けない。まるで碁を覚え始めた頃のように
 悶々としていた。碁盤と碁石の代わりに、カタカナ文字がちらつく。
 しかし、いつの間にか寝たらしく、起きてみればいつもの時間より遅い。
 それでも、昨夜入らなかった風呂に入る。大好きな朝風呂である。

 梅雨の雨にしては、強い降りの蒸し暑い朝であったが、あまり気にならなく仕事にいく。
 朝風呂など入っているから、少し遅刻をしてしまった。(笑い)
 こうなれば、現金なもので、一気に、テンションが上がり、作業は進む。

 括りの良いところで作業を切り上げて帰り、「暑い、暑い」と言いながら飲み、昨日の友からの
 長文のメールに、何の抵抗もなく返事を書く。単純なもので、もう免疫ができた。

 テレビの予報どうりに、雨は、午後にはすっかり止んが、本当に蒸し暑い一日だった。


 <平成21年6月23日 (火曜日) 晴れ >              
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 助けてくれ!
 私の小さな脳は破裂しそうだ
 このままだと脳梗塞でなく、脳爆発症になってしまう
 私の脳フィルタは壊れてしまった
 碁を打っても酒を飲んでも駄目だ
 頭がズキーン・ズキーンで無く
 ガツーン・ガツーンと痛い
 そんなに打たないでくれ
 おばさんの脳は、小さくて硬直しているのだ

 午後、三鷹の友達との雑談会に行く。
 何時もながら、彼らの博学に驚かされる。勉強不足の私が知らない言葉が飛び交う。
 少し、疲れを覚えながら、電車を待っていると、偶然に古い友人と会い、コーヒーとなる。
 最初は近況などの会話であったが、彼は、最近の技術動向を話しだす。
 私との共通話題と思ってくれたのだろうが、もう追いていけない。
 いくら現役とはいえ、男性は、偉い。何時までも新しい知識を吸収している。
 私のように過去の知識で、小遣い稼ぎをしている人間とは、大きな違いである。

 弱い頭を、背伸びまでしてフル回転させてしまった。
 それにしても、皆さんには、頭が下がります。(脱帽)


 <平成21年6月22日 (月曜日) 雨  >              
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 どんよりと曇った空模様である。
 月曜日は、晴れた朝でさえ、けだるさを全身に覚えるのに、こんな朝は尚更である。
 気楽な仕事だから、のんびり出かけても良いのだが、朝は軒先を借りている会社の始業時間に
 間に合うように心がけている。もし、今日のような時に、自分の気持ちに負けて、
 一度でも遅い出勤をしたら、そのまま、ずるずるになりそう。体に叱咤激励をして出かける。

 こんな状態でも、長年の習性で、職場に着けば気持ちが立ち上がり、先日のテスト結果を
 システムに組み込む。しかし、工程表を見れば、相当遅れている。
 「まずい!」 これだと来月は、無収入になって、競輪代がない。客の迷惑より、競輪が先?(馬鹿者)

 怠けきった自分に福沢諭吉人参をぶら下げて、仕様書作りに精をだした蒸し暑い一日だった。


 <平成21年6月21日 (日曜日) 雨  >              
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 ”しとしと”でなく、”じとじと”と、呼びたいような、うっとうしい梅雨の雨である。
 新聞のコラム欄を読めば、「父の日である。遠く離れた親御さんに電話を・・・」とある。
 「そうかー。父の日かー」 今日の日記は、これにしよう。

 私は、子供の頃に父を亡くしたので、父との思い出は余りない。
 数えれば10本の指どころか、片手で間に合いそうである。
 時代背景を考えれば、「地震、雷、火事、おやじ」の、父であったかもしれなiいが、
 私は、そんな怖い父も、最近のホームドラマのような優しい父の記憶はない。
 私の家は、典型的な、”貧乏人の子沢山”の水呑み百姓であり、父は、7人の子供に与える餌の為に、
 猫の額のような田畑を、耕していたのだろう。子供達は、忙しさで、放って置かれた。

 数少ない思い出に、父と母の畑仕事がある。
 何かを撒くための畝作りのとき、友達のお父さん、お母さんは、並んで同じ方向に進むのに、
 私の両親は、反対方向に進み、中程ですれ違っている。いつも喧嘩をしているようである。
 私は、その父母の喧嘩が不思議でならなく、宿題の作文に書いた覚えさえある。
 なぜ、交差するかと言えば、いとも簡単なことで、
 鍬を持つ手が、父は右利きで、母は左利きであった。
 土を寄せる方向が同じなら、自然とそうなる。父と母が、喧嘩をしていたのでは、なかった。
 この理屈を、私に鍬を母の持ち方をさせ、教えてくれたのが、父でした。
 多分、いつもいつも、仕事の邪魔をして「どうして、喧嘩しているの?」と、しつこく聞く私に
 根負けしたのでしょう。

 私は、既に父の享年を大きく過ぎている。父より長生きをしたから、父への親孝行は出来た。
 後は、母より長生きをしよう。それも後数年である。
 何時の間にか「父の日」が、「両親の日」になってしまった。


 <平成21年6月20日 (土曜日) 晴  >              
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 梅雨の合間の貴重な太陽である。休日なるが故に多くの洗濯物である。
 朝の一連の作業を終え、一風呂浴び、時計を見れば10時近い。
 週末の友からの連絡がないのでこちらから電話すると、「今週は都合が悪い」の返事である。
 先週のリベンジと思っていたが、だめか。
 「ミイラとりミイラになる」に、ならなくて済んだ。

 それにしても、私の不器用さに呆れる。昨夜、ブログのためと、携帯電話で撮ってきた写真を、
 PCの取り込もうとするが、SDが携帯から取り出せない。酔いと眠気に負けて諦めていた。
 それを思い出し、トライする。なんと、昨夜の苦労は何であったのだろう。直ぐ取り出せる。

 まさしく六日の菖蒲になってしまったが、太宰が入水したところより、
 100m程下流の写真を紹介する。
 ここは、私の会社からのバス代を浮かせる通勤路でした。
 始業のベルに間に合いそうもないときは、水路沿いを真っ直ぐ会社にむかい、少し余裕のある時は、
 この上水を渡り、恩賜公園を抜けて会社に向いました。


 <平成21年6月19日 (金曜日) 晴  >              
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  因果な性格というか商売である。
 昨夜、布団の中で行き詰っている仕事のことをあれこれ考えていると、ちょっとしたアイデアが浮かんだ。
 早速、試そうと、パソコンの前に座るが、試験環境がない。そこで、メモをメールで、仕事場におくる。
 こうなると月曜日でも構わないのに、実験したくなる。
 そんな訳で、午前中は、会社に行き、試してみる。
 実験結果は、それなりの結果で、後は微調整であると確信して、昼の弁当を食べて帰る。

 「昼なお暗し」とまではいかないが、陽を遮った暗い井の頭森林公園の中を駅に向かい、
 玉川上水を渡ろうとすると、地図をもつ数人の女性のグループに会う。
 「ああ、そうか、今日は桜桃忌なんだ。」私も若い頃は、太宰治の作品を好んで読んだ。
 当時は人が入水自殺の出来るほど、水が「ごうごう」としていたのだろうが、
 現在は、ほんの申し訳程度に流れている。

 現役の頃、東京都水道局の導水管制御システム作りを経験したことがある。
 その時、バックグランド知識として玉川上水について、少しばかりかじった。
 あまり古いことで、定かな記憶でないが、多摩地区の羽村から新宿までの上水工事であった。
 水は、高い方から低い方に流れる。しかし、羽村ー新宿間はおよそ42kmほどあり、
 標高差が100m程度である。それだと勾配は、ほとんどない。
 お暇なら、計算してみてください。
 そこを、漏水を可能な限り少なくするために、水はけの良い関東ロウム層を使わず、粘土のような土
 を使い、また、U字型でなくV字型の水路にすることで、水の流れを速める等の幾多の計算された
 工夫が施された土木技術であった。
 ちなみに、関東大震災では、明治以降に作られた多くの上水は破壊されたが、
 江戸の上屋敷や庶民に水を提供した玉川上水は、無事であったらしい。

 その本を読んだ時、伊能忠敬の地図、からくり人形とともに、先人の偉大さに感服したのを思い出す。


 <平成21年6月18日 (木曜日) 曇  >              
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 なんの変哲もない淡々とした一日であったので、何も書くものがない。
 悲しいことに、私の貧弱な知識では、社会・経済・文化を語ることはできない。
 なまじの知識では、直ぐにボロが出てしまう。

 しかし、今日は嬉しいことがあった。
 それは、知人の6月17日のブログで私が出版した本「笑いうをふるまう親爺」を紹介していた。
 先日の雑談会のときに、話題提供の一つとして、渡しておいた本であるのに、
 ブログで紹介してくれるとは、嬉しい。
 不良在庫が沢山あり、少しでもさばけるをことを期待しているので、本当にありがたい。
       彼のブログ「昭和のマロ」へ
 彼の文章も含蓄があますよ。  


 <平成21年6月17日 (水曜日) 晴れ  >              
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 仕事の帰りに、碁会所に顔をだす。
 奥のソファーでテレビを見ていた私より強い老人が、私の顔を見ると、「おふみさんの胸を借りるか」と、
 立ち上がり、碁盤に向かう。

 「あれあれ、私の胸を借りる? 上手が下手にいう言葉かなー」と、思いつつ私は、
 「ペチャパイよ。それに、じーさんには興味ないよ。若い男なら、いつでも喜んで・・」と、彼の前に座る。
 彼が、「そうかー。女性の胸を借りるは変か」と、白石を引き寄せるのを見て、
 「じゃ、じーさんの胸で我慢するか。しつこい手は止めてね」と、置石を並べ、彼の初手を待つ。

 その碁は勝った。勝負は、勝たなければならない。どんな手段を使っても勝つことが、痛快である。
 普段は、なかなか勝てない相手であるが、「これからはこの手でいこう」
 先ず、紅のついた口で負かす。そうすれば、また勝てるかもしれない。

 今日もまた、言葉遊びをしてしまった。人生の大先輩に対して失礼だったかな。
 しかし、ちょっと気になる。彼の往年の下手騙しの、しつこくて嫌らしい手が減り、
 棋力を示す点数を見れば相当下がっている。「体調でも崩してなければいいのになー」
 いつまでも元気で、あの下手泣かせの碁を、打って欲しい。


 <平成21年6月16日 (火曜日) 曇:雨 >              
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 飲み友達からつばめの赤ちゃんの写真が、送られてきた。
 彼の実家の軒先で子作りを、したようである。

 「ヒー、フー、ミー・・・、五羽もいる」と、ほころんだ笑みを、笑いに変えよう。
 「ああ、私は、いけめんの若い”つばめ”が、欲しい。」
 でも、年増女と呼ばれるには、おー おー 年増になってしまう。残念である(笑い)


 <平成21年6月15日 (月曜日) 晴:雨 >              
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 今日も昨日に続いて、日が暮れた頃から雷入りの激しい雨である。
 変な夢をみた。

 鼻と喉の通路に何か引っ掛かっているようで、声を出そうにもでない。
 「ぜーぜー」と荒い呼吸をし、喉の奥に張り付いている粘膜を外そうと無理やりに、
 咳払いをするが取れない。
 仕切りの中で、昔の会社の部長、同僚、そして営業部の人まで居る。
 声の出難くなっている私の机の位置を決めている。
 「ぜーぜー」、自分のいびき?で目が醒める。
 自分の大きな寝言で目を覚ます経験は何回かあるが、いびきの経験はない、気のせいかもしれない。
 多くの夢は、直ぐに忘れてしまうが、今日の夢はやけに気になる。
 昔、一緒に仕事をした同僚や上司が、交代に話しかけたり、荷物を持ってくれる夢である。
 私に、お別れに来た?。本来は、私が出向くべきところを、ずぼらな私のために、向こうから来た。
 私の命は、まもなく終わりかもしれない。(涙)

 年甲斐もなくセンチになる。私は、元来楽天家だから、人生とか、死など考えたことはない。
 いつも「なるようになるさ」である。生死を考えるのは、「碁石」だけで十分である。
 そんな私だのに最近は、やたらと老人の生き方についての本、講演などの宣伝チラシが
 郵便受けや、メールに入っている。 挙句の果てには、墓地の宣伝電話までくる。
 余計なお世話である。
 それにしても、認知症の症状の一つである幻覚でないことを祈る。


 <平成21年6月14日 (日曜日) 晴れ >              
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 7月からの道楽のために、ネットで探した囲碁の棋譜を記録するソフトが届いた。
 早速開ければ、請求書が「ぱらり」と落ちる。「ああ、この代金も昨日使ってしまった。」と、
 テーブルに置き、インストールする。

 インストールは簡単に出来て、ディスクトップのアイコンを、クリックして操作を試みる。
 仕事柄、取説などほとんど読まないで、適当に「これかな」と、クリックするが、
 どうも私が要求する画面にならない。
 囲碁用語も、コンピュータ用語にも、ある程度は精通しているつもりなのにどうして?
 仕方が無く、同封された説明書を手にすると、今時にしては、珍しく画面のカラー図がない。
 「囲碁は、白黒だからなー」と、私が欲しいと思っていた機能を、確認する。
 どうやら、私の期待とは少しずれていたらしい。「まあ、少し面倒くさいが使える」と、安心する。

 おもちゃが、一つ増えた。
 このソフトの本来の使い方で、自分の碁に生かせば、グーンと強くなりそうである。
 夜、おもちゃで遊ぼうと、昼間の碁を試して見ようとするが、悲しいかな、再現出来ない。
 あまり考えないで打っている碁は、中盤以降の手順はすっかり忘れている。
 7月からは、仲間の碁に生かそう。「教えることは、学ぶことである」を、改めて実感する。


 <平成21年6月13日 (土曜日) 晴れ >              
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 昨日の積み残しを、片付けようと、阿佐ヶ谷に向かう車の中で、電話を受ける。
 週末の友から「競輪に行こう」である。
 「うんー、どうしようかな。今日は、もう一つ予定がある。」と、一瞬、躊躇するが、
 好きな博打である。「行こう。少し遅くなるけど、指定席を獲っておいて」と、電話をきる。
 「ねばならぬ」事項は、お尻に火がつくまで先送り、そして、好きなことは、体が”前のめり”になるほど、
 直ぐに行動に移る。いい加減なおばさんである。

 世の中に「好きこそ、ものの上手なれ」の諺があるが、
 今日は、その反対の「下手のよこ好き」で、あった。
 博打は、当たらなければ面白くない。買っても買っても当たらない。
 適当に当たっているときは、予算内で一日中楽しめるが、こうなると予算なんて関係ない。
 「あれがくるかも、これも」と買う。
 昨日、補填した財布の中の福沢諭吉さんが、簡単に紙くづになる。
 確率問題であるから、多くの種類を買えば、確率が高くなるはずであるが、博打の面白いところで
 「下手な鉄砲も数打てば当たる」にならない。

 最終レースは、友に、「これが駄目ならば、夜の居酒屋は、ご馳走してね」と、最後の万札に手をつける。
 最初に、検討した六点を買って、そのままジーと、していれば良いのに、
 オッズを眺めていると、周りの人の情報が耳に入り、
 つい、居酒屋代に手をつけて、買い増しをする。泥沼に、はまってしまった。(ばか者)
 やはり、最初に「これ」と、数点選んだときの方が当たるケースが多い。
 今日の最終レースも、そのパターンである。とにかく、最後の福沢諭吉さんだけは、戻ってきた。

 おまけに、一言。
 迷って、ばら撒いても、駄目です。信念をもって対応しましょう。
 会社の研究開発も、お国の景気対策も、そうでは、ないでしょうか。(格好いい!)


 <平成21年6月12日 (金曜日) 晴れ >              
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 早速梅雨の晴れ間であり、昨日が少々力作だった為か、何も湧いてこない。
 一日を淡々と綴ろう。
 午前 医者にいく。
 午後 三鷹いきいきプラスに碁盤と碁石を届ける。
 夜 職場の仲間と宴会  と、多忙な一日であった。
 実は、朝のメモによれば、この外に阿佐ヶ谷に行く予定など、こまごまとした物があった。
 しかし、歳のせいか勢力的に動く気力なく、結局、先送りである。
 「予定は、確定にあらずして、未定にあらず」と、嘯いて一日を終える。

 ところで、夕刻、吉祥寺に向かう電車に乗ろうとすると、駅前が山のような人だかりに驚き、
 「何事か」と尋ねれば、「我らが親分、麻生太郎総理が荻窪にお見えになるとか」である。
 そうそう、今日、銀行で記帳すると、もう、すっかり話題から消えた、例の定額給付金が入っていました。
 何時、手にしたかも知らずにいた。やはり生活費の一部となって消えたようだ。
 だって、あれで買ったつもりのソフトは、遅かれ早かれ、いずれは買っただろうし、
 また、その代金を、何時払ったかもわからない。未だかも知れない。
 ああいう”あぶく銭”は、現金でないと・・・。
 麻生さん、ごめんなさい。貴方のご自慢の政策を、”あぶく銭”なんて言って。(乞う。お許し)


 <平成21年6月11日 (木曜日) 雨:曇 >              
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 午後は止んだといえ、梅雨入り宣言に違わず朝から雨がしとしとと降る。
 この時期は、傘を手放すことができない。
 しかしながら、私のかばんの中には、折りたたみ傘の用意はない。
 最近は、行動範囲が狭くなったばかりでなく、行動パターンが固定化している。
 だから、何処にも置き傘があり、よほどのことでなければ携帯傘を必要としなく、
 いざとなればコンビニで安いビニール傘を買えば間に合う。

 昔は、傘も貴重品だったのだろうなー。テレビの時代劇から得る私の知識では、
 下級武士や浪人の内職の定番は「傘はり」である。長屋の薄暗い燭台のもとで、破れた傘を直している。
 今時の子供たちは、日本古来の和傘、蛇の目を、知っているのだろうか。
 化石エネルギーの出現で、傘も使い捨ての時代になってしまい、
 16本で出来た”からかさ”を、ほとんど見ることが出来なくなった。

 傘にもいろいろある。「日傘」「雨傘」「相あい傘」そして「核の傘」などがある。
 中でも「相あい傘」ほど艶ぽい傘はどこにあろうか、一つの傘に二人の男女が肩を寄り添い、
 袖を刷り合わせ道行く姿を、「相あい傘」と称した江戸文化の粋に感服する。
 世の男性なら一度は、「あの大きな蛇の目傘で、新橋・神楽坂の粋な和服姿のお姐さんと・・・」と、
 思ったに違いない。でも、お願いだから。そんな時の辿り着く先が、
 新大久保あたりにあるギンギラのラブホテルは、止めてくださいね。
 ほんの少しでも良いから、どこかに江戸情緒の残る「東屋」でないと、
 江戸の近松門左衞門や川柳作家が泣いてしまう。

 さて、現在は男女参画の時代である。男性の話ばかりでは、世の女性に申し訳ない。
 そこで、誰もが知っている「相あい傘」の落書きに一言。
 あの落書きは、二等辺三角形の頂点にハートマークを書き、三角形の頂点から下に一本の棒を引き
 左右に男女の名を書く。だから、傘は二人に均等に配分されている。
 しかし、私が日頃見かける「相あい傘」風景は、女性の両肩がすっぽり傘の下であるが、
 男性の片方の肩はほとんど濡れている。世の男性は優しい?
 いや、違うでしょう。それは、傘の起源によることなのでしょう。
 傘は、本来は「貴婦人を陽の光から守るために、付け人が掲げていたものです。
 世の女性の皆さん、落書きの「相あい傘」の配分にとらわれず、「貴方にとっては、私は貴婦人よ」と、
 遠慮せず堂々と彼の差し出す傘の下に入りましょう。

 お後がよろしいようで・・・終わり


 <平成21年6月10日 (水曜日) 曇 >              
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  6月10日は、時の記念日である。
 「時は金なり」の諺があるが、日本の諺にしては、単刀直入であるなと思えば、英語にも
 「Time is money」がある。どうやら英語が先のようである。
 いずれにしても、時間は大切なものであるから無駄遣いを、してはならないというまともな話である。
 しかし、時間はお金とは、比べ物にならないほど計り知れない貴重なものである。
 時間をお金に換算できるのは、高利貸しの福利とパートタイマーの時給位ではないか。

 この貴重な時間を35年一飛びして、遠い未来の話をしよう。
 昨日、友人から雑誌「NEWSWEEK]からコピーした、ペーパーを、「面白い記事だよ」と、貰う。
 なんとタイトルは「2045年、人類はサイボーグになる」である。
 「サイボーグは、余り好きな言葉ではないが、2045年だとあと35年か、生きていないな」と、
 受け取り、ぺらぺらとめくる。
 細かいことは、私の貧弱な知識の雑嚢にしまうことにするが、
 内容は、レイ・カーツワイル博士(未来学者)の予言である。
 予言師といわず博士と断ったのは、彼は、MIT卒業の コンピュータ科学者であり、
 私達が日頃使っているスキャナーをはじめ多くのIT機器やソフトウエアの発明者である。
 彼の予言は、2045年ころには、人類の意識をシリコンチップに埋めこみ、機械と融合することによって
 生物学の限界を超えることができる。その時が、人類の進化プロセスの特異点であると予言している。
 面白い話であるが、少なくとも現時点でその予測は、間違っていると実証することは出来ない。

 35年と言う時間で科学の進歩は、人類をどう進化させるのだろうか。
 それにしても、人間の皮膚がシリコンなんて思っただけでも「気持ち悪いー」。
 触りたくなるような、ぽっちゃりとしたもち肌がいいですよね。
   
 <平成21年6月9日 (火曜日) 曇 >              
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 今時の晴れた朝と言えば、”すがすがしいさわやかな朝”が、決まり文句である。
 しかし、今朝は、傘を持って出るべきかと、迷うような空模様である。
 この重たくのし掛かる雲に潰されたような、物憂さとけだるさを、覚えながら出かかる。

 電車をおり、確実に座れるバスを待って、二人掛けの椅子に席を確保していると、隣に若い女性が座る。
 十数分の距離であるが、車窓に映る井の頭公園の緑を眺めている内に目的地に着く。
 「ちょっと、降りますので」と、私は腰を上げながら彼女に声をかける。
 すると、彼女は「私もおります」と、優しい笑みと物腰で答える。
 私は、その仕草、笑み、そして目の美しさに驚く。
 まあ、なんと美しくすがすがしい笑みなのだろう。
 先ほどまでの物憂さも何処かに飛んでいってしまった。
 「今日は、きっと良いことがある。このさわやかな出会いが、予言している」と、
 思いながら彼女に続いてバスを降りる。
 彼女は、点滅している横断歩道を渡る前に、ちょっと振り向いて、目で軽く会釈し、
 歩道を駆け抜けていった。

 太陽と青空がなくとも、すがすがしい朝がある。
 ほんのニ・三分は、二十四時間を埋る。これだけで十分満足な一日であった。

 名も知らないお嬢さん、ありがとう。

   
 <平成21年6月8日 (月曜日) 曇 >              
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 今日は、少し”いらいら”していた。でも、今は、落ち着いている。
 いらいらは、どんよりと曇った空のせいではなく、四時から始まった会議に起因する。
  「お客様は神様」であるかもしれないが、「要求にも限度がある」と、
 いきり立つ気持ちのまま飲み屋に寄る。

 酒と友は、いいものである。
 何時ものように暖簾をくぐると、常連さんの一人が、ママとお話をしており、私の顔を見るなり、
 「おお、僕の恋人が来た」と、迎い入れてくれる。
 私は、「今日の一人目の恋人ね」と、横に座り、昨日の競馬の話をする。
 そこへ、もう一人の男性が現れる。
 「ああ、二人目のボーイフレンドが来た」と、三人でテレビに映る二人の鳩を肴にして飲む。
 「眠くなってきた。そろそろ、帰ろうかな」と、勘定をしてると、スーツを着、かばんを持つ常連が来る。
 すると、二人目の恋人は、「おふみさん、三人目のボーイフレンドだよ」と、ご機嫌に彼を迎える。
 「今日は、三人ものボーイフレンドに会えた。でも、おねむの時間だから帰るね。」
 「気をつけて」と、声をかける友を後にする。

 お腹が満足した事と、たわいもない会話は、私のいらいらを忘れさせた。
 私は、「持つべきものは、友である」と、思いつついちごを買って帰る。


 <平成21年6月7日 (日曜日) 晴 >              
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 自然の営みは、万民に公平に施される。目覚めに窓を開ければ、まばゆいほどの陽の光である。
 明るい陽は、私に喜びを与え、快調にブランチの用意をさせ、気がつけば小さなビールも食卓にある。

 何時もの日曜日なら特別の用事が無い限り、競輪を楽しむのであるが、今日は、その特別な日である。
 知人が、三鷹市の協賛で主催する「認知症に強い脳をつくろ」の、講演会を聞きに行く約束である。
 講師は、その道の権威者(矢富直美氏)とのことで、友人に誘われての参加である。

 講演の内容については、とやかく評論するつもりはないが、眠ることもなくニ時間ばかり拝聴した。
 結論からすれば、「歳をとっても、考え、クリエーティブな生活をせよ」である。
 しかしながら、友人の「是非、参加して欲しい」の連絡だったのに、300人の会場が満杯であった。
 皆さん、自分の老後(老中)の生き方に関心があるのですね。しかも周りを見渡せばメモを執っている。
 まあ、なんと前向きなのでしょう。
 それに比べれば、先生の認知症と老化の話に、「皆、当てはまってしまう。どうしよう。」
 「でも、まあいいか、認知症予防に囲碁将棋をするのも一つだとおっしゃる」
 と、自分の都合の良い方に理解する。

 自分の興味のあること以外は、前向きにならない事が認知症の始まりで無い事だけを祈る。

     
 <平成21年6月6日 (土曜日) 雨:曇 >              
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 朝の一連の作業を終え、テレビのチャンネルをNHKに移すと、
 1ヶ月ほど前に亡くなったプロ棋手藤沢秀行と、正妻「もと」さんの画面が、飛び込んできた。
 秀行は、酒、競輪、女と破天荒な型破りの人生であったことは、幾多の本、雑誌等で紹介されているので、
 万人の知る処である。

 ここで、荻窪の片隅にある碁会所での逸話を一つ紹介しよう。
 秀行が、棋聖6連覇の時代のころでのことである。
 私の通う碁会所には、彼の何人目かの女性との息子さんが、常連の一人であり、
 時々、周りに指導碁をしていた。
 碁会所では、湯河原での囲碁旅行の計画があり、息子さんの関係と、競輪仲間の誘いで
 秀行先生が参加してくださった。

 先生は、新宿からロマンスカーに乗ると、すぐポケットからウイスキーを取り出し、飲み始める。
 小田原に着いたときは、もう、べれべれに酔っており、なお、宿に着いてもまだ飲み続ける。
 私達は、トーナメントを計画し、優勝者は、先生と打てることになっていた。
 いよいよ、決勝戦になり、碁の勝敗が見えてきたとき、先刻まで飲みながら素人の碁を観戦した先生の
 姿がない。何人かで探しまわると、風呂に入っていらしたのである。
 師匠は、酔った勢いで、先生の頭をもみくちゃにしながら、対局席に座わらせた。
 正確な言葉を覚えていないが、先生は、
 「これからの勝負のために、汗をだしてアルコールを抜いてきたのだ」に近い言葉であったと思う。
 「例え、素人と打つ碁であっても、碁盤に向かう姿勢がすごい」と関心したことを、
 もう、30年近く前のことであるにもかかわらず、先生の顔をテレビや、雑誌で見る度に思い出す。
 本当に、碁盤に向かった先生は、電車の中で師匠と競輪の話をしていた時の顔とは、全く異なっており、
 素人相手だからとて手抜きのない、勝負師の顔だった。

 そして、今でも、碁会所では、秀行の話がでると先生の女性関係、競輪のことと、
 「頭をもみくちゃにした師匠」のことになり
 「おふみさん、どうして写真を撮っておかなかったの?」残念がる。  

 ちなみに、その時の優勝者は、学生チャンピオン経験者のAさんだったと、記憶しているが、
 どちらが勝ったかの記憶はない。当然、先生が勝ったのでしょう。

 先生、やすらかに・・・。 今日も碁会所では先生と奥様のお話で盛り上がっておりましたよ。
 再度、安らかーに

 
 <平成21年6月5日 (金曜日) 曇:雨 >              
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 「ぽつりー ぽつりー」
 「ぽつ ぽつ」
 「しとしと」
 「ざーざー」
 そして、「しとしと」
 今日の雨の経過である

 7月からの道楽の準備を少しづつ始める。
 先日、初心者用の9路盤と13路盤は、友人から受け取る。
 正式の19路盤は、碁会所の席亭から、寄贈して貰うことになっている。
 あとは、碁石の調達である。
 古道具屋で求めようと、荻窪の街を探すが、古道具屋さんが無いのに気づく。
 昔は、荻窪・阿佐ヶ谷には、結構あったが、時代の変遷でしょうか、最近はとんと見かけない。
 そもそも古道具屋なんていう言葉は、死語かもしれない。
 職場の若い人に「三鷹の古道具屋」を聞けば「それ、なーに?」と返る。

 ネット購入と考えたが、「安くて手触りの良い物」と、思うと画像ではわからない。
 そこで、午後、新宿御苑近くの老舗の碁盤店に碁石を買いに行く。
 古い店構えの奥に四代目だという主人が一人おり、懐かしそうに話しかけてくる。
 三組の碁石を求め、発送依頼し、目の前の新宿御苑にでも行こうかと、表に出れば、雨が激しい。
 あきらめて、荻窪に帰り、碁会所に行く。
 あとは、棋譜を執る「碁罫紙」などの小物を用意すれば良いだけである。準備完了!

 「いけない!。準備すべき大物を忘れていた」
 それは、初日の”さくら”です。明日からは、さくら探しだ。
 今日、一緒に飲んだ”いけめん”さん さくらになってくれないかなー。無理だよねー


 <平成21年6月4日 (木曜日) 曇り >              
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 どんよりとした蒸し暑い日である。

 さーて、今日は何を書こうかな。
 一日中振り回された仕事の話にしようかなと、帰途のバスと電車の中で考える。
 「私の苦労話を聞いて、誰が喜ぶ。詰まらない」
 それにしても、機械は、無機物であるから感情がないはずだが、人の顔色をみる。

 コンピュータは、男、女どっちだろうと思っている間に荻窪駅に着き、
 トラブル対応で少し遅くなったので、そのまま何時もの飲み屋に寄る。
 常連数人の中に紳士が部下を連れて飲んでおり、私は、紳士の横に席をとり、四方山話をする。
 「見識豊かなお二人さん。コンピュータって男、女、言語によっては男性名詞、女性名詞があるがどっち」
 若い真面目な彼は、「うんー」と考える。
 さすが、「ほとばしる知識」か「地位の功」か、それとも「歳の功」か、判らないが、
 紳士は、「男性は、自分中心に台風を始め、訳のわからないものは女性だよ」と、話す。
 それなら 都合が善い。私は、自分の可愛がっている物は、全部男にしよう。

 職場の朝礼が終わるか終わらない内に、営業部からの電話である。
 「大変だ、受注が倍になってしまった」
 「この不景気に受注が倍とは、結構なことじゃないの?」
 「違うー。昨日、受注システムを動かしたら、数字が倍なんだ、見てくれ」
 私は、「そんなばかなー。稼動して数年になるのに、今までそんなトラブルなかったのに」と、思いながら、
 階段を下りて営業部に行く。
 彼に、昨日の操作を再現して貰うと、正しく動く。彼は不服そうに、「いつも先生が来ると直る」とつぶやく。
 私は、「生んで育ては彼氏だから、私の顔を見たかったのね」と、引き上げる。
 私の彼氏は愛すべき男である。(チュー)

 ところが、席に着こうとすると、今度は経理部長から「決算が出来ない。見てくれ」の電話である。
 「あいつかー。あいつは私が生んで育てたものでない。急遽押し付けられた男だ。
 気に食わないけど付き合ってみるか」と立ち上がる。
 その無機物なシステムも、私の気持ちを読んでか、ちっとも言うことを聞いてくれない。
 一日中振り回され、対策用の仕掛けをする。
 「ねー。今晩仲良くするから、この仕掛けのお菓子を食べて、明日の朝はにっこり笑ってね」と、
 語りかけて帰る。

 ああ、今日は疲れた。言葉の通じない男との付き合いは、疲れる。  

   
 <平成21年6月3日 (水曜日) 晴れ >              
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 今日は、国語の勉強です。

 不思議なものでこんな日記を書いていると、思わぬことに気づく。
 元来、言葉遊びが好きなので、周りの人の会話を、耳に引っ掛ける習性は、
 歳を取っても少し残っていたが、目から入る刺激には、無頓着になっていた。
 ところが、何年も無関心だったものに、「あれ!」と目をむけることがあるようになる

 碁仇の現れるのを待つ間、小さなソファーでお茶を飲みながら、顔を上げれば
 碁会所の片隅に下の写真の額が、転がっていた。
 決して飾ってあったという状態ではなく,本箱の上に無造作に立掛けてあった。

 「何んて読むのだろう」真中の二文字が読めない。
 多分、"旁"からの音読みで「らんか」と読むのだろう。  しかし、どうにか読めても意味が判らない。
 上の文字は確か「ただれる、腐る・・・」だと思うが、下の文字がわからない。
 「ねー、これ、上は、"くさる"だと思うが、下は?」誰にともなく聞く。
 「鍬や鋤の柄らしいよ」と、答えが返ってきた。「貴方は、顔に似合わず、学があるね」
 「僕も、席亭からの受け売りだよ」
 「席亭、鍬の柄が腐るって、どー言うこと?」
 席亭の話では、「白髪参千丈」と同じ類で、碁を3000年も観戦しているうちに、
 柄が腐ってしまった」、との碁の面白さを表現した言葉であるらしい。
 初めてきいた言葉だが、碁というゲームは、これはオーバー過ぎるが、する方はもちろんで、
 見ていても本当に熱中し、時間の経つのも忘れる。
 「それにしても、鍬の柄が朽ちるとは、オーバーだよなー。さすが、大国中国だ。」
 意味がわかった。しかし、今度は書家のサインが読めない。
 数人で「けんけんがくがく」と、読みあうが、書の心得のない碁キチ集団だから誰も読めない。

 そこに、額の進呈者である弁護士先生があらわれた。
 「ちょうど好い。○○さん、この書家は誰?」
 「忘れたなー。もう二十年位前だからなー」
 どうやら二十年もの前からあったのに、今頃気づいたらしい(爆笑)

 今日は、私の貧弱な海馬と前頭葉が、ほんのかすかーに動をはじめたかな? そうあって欲しい。

  ちなみに、弁護士先生が電話で、聞いてくださった話では、「前木]さんと、 いう書家らしい。


 <平成21年6月2日 (火曜日) 晴れ >              
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 電話の「割り込み」強度はすごい。  受け側の状態が、どうであろうと割り込んでくる
 今日なども仕事に興が乗っているときに「電話ですよ」で、一旦中止して、電話にでる。
 昔、こんな笑い話を読んだ記憶がある。
 生死をかけて決闘をしている最中に、電話のベルが鳴ると「ちょっと待ってくれ。電話だ」
 と言って、電話を受け、電話終了後に再度決闘を始める。

 確かに、受け側の状態などおかまい無しに、強引に割り込んでくる。
 それに比べれば、メールは少し違う。
 画面にメール受信のメッセージが表示されても、「後回し」と開かなくて済む。
 また、開くとしてもタイトルと差出人を見、「これは、重要なことでない」「社長からだ」
 と、優先順位を決めることが出来る。

 今日などのように思考のテンションが、最高潮に成っている時などは、一本の電話で、
 「ガクーン」と落とされ、再スタートしなければならない。
 昔のように電話に振り回されて仕事を行っていたときなどは、
 習性でそれほど苦もなく割り込み処理をこなして、元に戻ることが出来たが、
 今は、一人でしこしこ仕事をしているせいか、一呼吸必要になる。
 気のせいかもしれないが、電話のベルは手の話し難いときに鳴るような気がする。

 しかしながら、私は勝手なもので、暇なときなどは、「誰か、電話でもしてこないかなー」と、
 電話を待っており、一度あれば相手の気持ちを無視して長電話をする。
 メールと違って、声が聞け、最近は、場合によっては、顔が見られる。
 技術の進歩に、飲まれないで、分相応に取捨選択していこう。


 <平成21年6月1日 (月曜日) 晴れ >              
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 早いもので、もう今年も六月になり、職場の女性の制服も夏物に変ったようだ。

 月日の経つスピード感覚は年齢と共に早くなり、知識の取得量とは比例するとは、本当ですね、
 子供の頃は、一日に多くの知識を得るので一日が長い。
 歳を取ると取得知識量が少くなくなる。そして一日が短くなり、あっという間に一年が過ぎる。
 
 この日記を書き始めて二ヶ月になる。我ながら良く続いたものだと思う。
 五月の始めに五月一杯続いたなら、六月からは、世の中のブログ屋の提供するフリーソフトを
 使おうかと考えて、あるメーカのものに登録をしてみたが、完全に使いこなしていないためか
 どうも今一しっくりこない。
 確かに、ただ書けば編集等は勝手にしてくれるし、機能も豊富であり、アップロードの必要もない。
 しかしながら、私のように古いソフトウエア屋にとっては、自分で作ったものは、
 手元において自分で管理したい。
 そこで、もう少し色々試してみてと考え、今月もこのスタイルでいくことにする。
 幸いにも職業柄エディタを使って編集するのは、余り苦にならない。

 こんなことをあれこれ考えているうちに、巷にころがっているブログの機能を盗んで
 このサーバにブログサーバ(あまり聞かない言葉ですが)を、
 追加してやろうじゃないかと、大それたことをチラと思う。(笑い)
 しかし、「実力の程を知れ」です。そして、本腰を入れて勉強する気がおきない。
 現在のWebサーバ、メールサーバの立ち上げ時の気力はもう無い。歳ですね。

 それよりそのお金と時間を立川で使おう。あそこなら一日遊んで儲かることもある。
 こうして私の得る知識量は歳の増量に反比例して減る。


 <平成21年5月31日 (日曜日) 曇り >              
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 五月の最後の日である。雨は、昨日の夕刻から止んだようだが、重い雲が空を覆っている。

 目が覚め、いつものようにメールを開ければ、なんと、義妹からである。初物にお目にかかった。
 タイトルが弟の名前、甥の名前の頭文字の入ったアドレス、そして、差出人が義妹である。
 多分、帰省した甥の指導を受けながら、作成したのだろうが、中身はただ一言。
 ”蜂の結果をおくります”である。
 三人の合作らしいメールに、連休中に花粉付けをしたりんごの結実した写真が、添付されていた。

 この中から一番よいものが一個だけ選ばれ、秋には赤くなります。


 <平成21年5月30日 (土曜日) 雨 >              
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 表は、雨である。こんな朝はいつまでも寝ていられるが、意を決っして布団から出て、
 朝食の準備でもしようと冷蔵庫をあける。
 「本当に碁会所で夜を明けたのだろうか」と、昨夜の二人と老紳士の思いやりを、思い出す。
 折角遠路はるばる師匠を尋ねてきた握り飯君である。
 朝食でも一緒にとろうかと、碁会所に電話するが、返事がない。
 高知の彼は、師匠の居ないことを知っているのでねぐらは、準備していただろうが、
 握り飯君は、多分以前と同様に師匠の家を当てにしていたのだろう。
 「古希を迎えようとしている男だ。心配ない」と、遅い朝食をとる。

 何時もの競輪仲間から、誘いの連絡があったが、「碁を打つ」と、断る。
 午後、碁会所に顔をだすとTさんは居たが、握り飯君の姿が無い。
 「彼は?」と、聞けば、「早朝、二人で師匠の墓参りして帰ったという言う。
 どうやら、彼らは、明け方まで碁を打って、仮眠をして雨の中を多摩墓地に行ったようだ。
 誘って貰らえなかった一抹の寂しさを覚えたが、「男同士の話があったのだろう」と、
 納得して、相手を見つけて碁を打つ。

 ここで、握り飯君のあだ名の由来を書こう。
 私の知らない頃らしいが、囲碁仲間と旅行したときに、カラオケが終わった時の夜食のためと
 用意していたおにぎりを、酒の飲まない彼が、「部屋で寝ている」と言って残り、
 ほとんど食べてしまったらしい。
 それ以来、碁会所では、「握り飯」と呼ばれていた。

 
 <平成21年5月29日 (金曜日) 雨 >              
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 碁会所に顔を出すと、席亭が見慣れない後姿の男性と碁を打っている。
 その男性が振り向き「おふみさん、久し振り」と、挨拶するが思い当たらない。
 しばらく考えて思い出す。
 このずんぐりむっくりした体つきと長く濃い眉毛は、にぎり飯(あだ名)君ではないか。
 「どうしたの。 足がある?」
 「師匠とおふみさんに会いたくて東京に出てきた」
 私はどうせ師匠の”おまけ”であるが、忘れないでいてくれたのが嬉しい。
 丹波笹山からでてきたらしい。
 彼は、師匠をこよなく愛した一人であり、現役引退と同時に国に帰った。
 あれからもう10年以上になるだろう。小太りの体つきは相変わらずだが、
 引っ張りたくなるような長い眉毛には白い物が見えていた。

 私は、師匠の訃報を告げ、私の本を渡し、碁を数局打つ。
 相変わらず、碁は強い。悔しいけど歯がたたない。
 若い頃に本格的に、覚えただけあって碁の質が違う。
 碁会所も彼のいた頃とは、メンバーが相当入れ替わっているが、
 彼を知る数人と近くの居酒屋で飲むことにする。
 彼は、酒もタバコもしないが、居酒屋では、昔同様にウーロン茶と握り飯で付き合う。
 またまた、不思議である。昔の囲碁仲間の話を肴にしていると携帯電話がなる。
 なんと、一年ほど前に病気療養のために、高知に帰ったはずのTさんからである。
 Tさんと握り飯君は、若い頃からの碁仇であり、彼を迎い入れて宴会を続ける。
 酔いも回った頃、二人は、「旅館は碁会所だ」と言って、再度碁会所に行く。
 それを見て、超一流会社の元役員さんが、おにぎりとお新香を包んだ袋をもってき、
 「おふみさん、彼らに渡しな」と差し出す。
 皆、現役時代の肩書きを捨てた高齢者であり、碁が仲介した友達である。

 「碁仇は憎しも憎し、懐かし」そして
 「友、遠方より来る、また楽しからずや」の夕べであった。

   
 <平成21年5月28日 (木曜日) 雨 >              
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 梅雨の走りのような降ったり止んだりの一日である。
 ずっこけた間抜けのことばかりを書いていると、尊敬する紳士はもとより、
 多くの飲み仲間、囲碁友達に愛想がつかれてしまう。
 そうならないために、私のまじめな時もあるところを、垣間見て欲しい。

 市からの委託を受けてシニアのハローワーク的なボランテア活動を、
 しているグループ「三鷹いきいきプラス」のメンバーとの、打ち合わせに出かける。
 彼等とは、最初の立ち上げ時に少しお手伝いをした程度であり、起動に乗った段階からは、
 メールでのやり取りだけになっていた。
 私は、彼らが、
 「シニアよITを持って地域にもどろう」
 「ただならぬシニアであれ」を、モットーにしての真面目な活動に対しては、斜に構えており
 現役時代に十分働いたのだからと、「お金は入らなくても遊びを楽しみながら老いるのも人生」を、
 口にしていた。
 今回は、私の考えに賛同してくれるメンバーと一緒にシニアが談笑する場所の提供を試みることにし、
 手始めに、「いきいき囲碁サークル(仮称)」を、結成することにした。
 ITや、囲碁を知らないただのおばさん、おじさんが、集まって「遊びましょう」と、
 呼びかけるつもりである。
 囲碁は、単なる話題提供の道具として使うつもりである。
 おばさん達が相手なら、お花、お茶等があるが、私が世話役となれば出来るのは囲碁くらいである。
 街の碁会所はもとより、市のコミニティーセンタにあるクラブにも行き難い人を対象とする旨を、
 チラシやメーリングリストに謳って欲しいと、お願いして帰る。

 とりあえず場所と時間は、決まった。
   場所 三立SOHOセンター内 いきいきプラス 会議室
     (三鷹市下連雀 野村病院 隣)
   日時 当面の間、1回/月 第一金曜日 13:00~16:00
      (初回 7月3日)
   会費 無料 

 いきいきプラス始め、三鷹市役所、シニアSOHOの皆さん、 ありがとうございました。



 <平成21年5月27日 (水曜日) 晴れ >              
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 先日、飲み屋の常連さんから、「博打の話をする時は、目が輝き、活き活きしている」と、言われた。
 これって、揶揄、蔑語、どっち?。どちらにしても「知的で品位がある」のような
 褒め言葉でないことは、確かのようだ。
 しかしながら、私の脳のフィルタは良く出来ており、「楽しく飲んだよ」と、良い方に改造する。
 だから今日も博打の話になる。

 博打をしてはいけません。
 「お前の口から、こんなこと聞きたくない」ですって、
 「いえいえ、私のは、博打で無くて、政府公認の遊びです。だから誰にも迷惑を掛けていません。」

 お隣の国は、また脅しの外交をしている。
 国際社会から孤立するか、認められかと核を誇示する。
 それは、まるで、一か八かの丁半博打のように・・・

 ずーと以前、かの国の外交を、猫と同じだと思ったことがある。
 猫は、犬のように鎖で縛られていないので勝手気ままに動き回る。
 主人への忠誠心などなく、可愛がれば、つけ上がって「ニャー、ニャー」と、擦り寄り
 更なるおねだりをする。
 そして、無視したり、邪険に扱えば直ぐにすねて爪を立てる。

 将軍様、、危険がいっぱいの丁半博打でなく、猫位にしておかないと、鉄火場になりますよ。
 「馬鹿者、国と猫を一緒にするな」
 「すみません。私の幼稚な頭は、こんなものです。」
 これは,評論でも「How To」本でもないのでお許しを・・・・。


 <平成21年5月26日 (火曜日) 晴れ >              
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 今日の職場での一時のお話である
 本当は、もっとまじめな話と思ったが、結局・・・

 私の職場の湯茶は、セルフサービスである。
 10時と3時の休憩時間に飲む私のお茶は、
 斜め向かいの席にいる男性が、自分のそれと一緒に準備してくれる。
 決っして逆ではありません。だって彼は課長で、私は社長(たった一人の会社)ですもの。(笑)

 私のお茶係りの課長は、「シーケンサ○○」なんていう本を見ながら、
 隣の青年のパソコンに向かってぶつぶついっている。
 どうやらシーケンサをソフトで実現させようとしているらしい。
 ちょっと覗いてみると、画面のビットパターンを指差しながら「16、32、64・・・」
 そこで、私は「親の満貫」(マージャン用語)と、茶々を入れた。
 「喧嘩売る気?ちょっと黙っていてくれ」と作業を続ける。

 彼のアルゴリズムが実証されたのか、若い部下に簡単な説明をし終わると、
 「おばちゃん、虫がいるよ」と、私に向かって叫ぶ。
 「え!」私は、びっくりして椅子から立ち上り、足元を見る。
 「ほら、ここに"うようよ"している」と、私の画面のプログラムを指差す。
 (プログラムの誤りを、バグ(虫)と言う)
 「こら!、喧嘩を売る気? じゃ、喧嘩しましょう」
 彼は、「受けようじゃないか」と、指をぽきぽき鳴らす。
 「待って! 製造部へ行ってヘルメットを借りてくるから・・・」
 「ヘルメット位じゃ、だめだよ。僕、空手の心得あるよ」
 「やーめた。負けると判っている喧嘩をしても面白くない」
 隣のビルの5時を知らせる音楽が流れてくる。
 「おばちゃん、5時だよ」

 彼が、3時に入れてくれたコップの底に残った冷めたいコーヒーを一口飲み、流しで洗って帰る


 <平成21年5月25日 (月曜日) 雨:晴れ >              
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 悲しいかな今日は、何も書く物が無い。
 そういえば、これは、禁煙日記が始まりだったことを思い出す。
 三月に体調不良を訴えた体のためにと、ここで禁煙宣言し、約二ケ月になる。
 昨年もそうだったように、体調が戻るともうだめで、友の勧めるタバコに手が出る。
 意思の弱いやつと自分ながら飽きれる。
 きっと来年もこんな禁煙も繰り返すのだろうなー(阿呆!)

 すっかり忘れていた棚の禁煙貯金の缶を開ければ、初回にいれた1800円のままである。
 もう、禁煙を止めようと、缶の中の小銭を持ってコンビニへ行こうとする。
 しかし、なにやら後ろめたいのか、
 「どうせ自分の人生だ。食べたいものを食べ、したい事をして何が悪い」と、口実を探す。
 ところが、恐ろしいことに気が付く。
 これって、連日のようにマスコミを賑わす色々な事件の犯人の言う分に似ている。
 たかが、煙草しきりのことで、こんな「ずさん」な心になるとは・・・、
 これでは、本当に哀れなおばさんになってしまう。

 そうだ!花にしよう。「花は心を捉え、心は花を捉える」。