暑さ寒さも彼岸までの言葉どうりに、彼岸が過ぎて急に涼しくなった10月の初旬の雨上がりの朝はすがすがしい。
今日は、以前から気にしていた用事で区役所に行くことにした。
陽気のよさに誘われて電車で1駅の道のりをぷらぷら歩いて行くことにし,雨に洗われた街のあちこちから金木犀の甘酸っぱい香りが秋を知らせている。 忙しくしていた頃と違い、最近は、街路木や、屋敷の塀から顔だす植木を楽しむことを覚えた。
しのは、金木犀の匂いに誘われて、大きな屋敷に向かった。塀の上に猫が退屈そうにこっちを見ていた
「おい、猫殿、退屈か」と声をかけると、
「しのみたいに暇人ではないよ」と塀から飛び降りてどこかに懸けて行った。
しのは、とうとう猫にも相手にして貰えなくなったかと、苦笑しながら、区役所に向かった。 しのの今日の仕事は、区役所にある申請書類を提出することだけであり、その後の予定はない。帰りは、のんびりと秋を楽しもうとデジカメを持って出てきた。
しのは{ああ、世の人々は、こんな天気の良い日に薄暗い職場で働いているだ、しのが羨ましいだろう」と、ちょっと優越感を覚えながら、周り路をしながら区役所に着いた。
区役所の中は、働く人でいっぱいであり、皆、何かの目的の為に動いている。しのは、玄関の案内版をみて、窓口で、申請書類を受け取った。
「この書類に必要事項を書いてください」
「はい、書いたらどこに出せばよいのですか」
「ここで良いです」
「わかりました」
しのは、書類を受取り、「氏名」「住所」と記入していくと「職業欄」の項目で、手が急に止まった。
「ああ、そうだ、しのは無職なんだ」とガーンと頭を殴られたようだった。長い人生で初めての経験であり、「無職」の言葉の空しさと惨めさを感じた。先刻まで「浮世の馬鹿は、この良い天気に働いている」などと、悦にいた自分に強烈なアッパーカットをくらった。
しのは、とにかく職業欄には無職と書き、その上の住所欄に目を移した。
「ああ、良かった。住所欄が”不定”で無かった」
「これで住所が不定では、どうしようもないな」と自分で自分を慰めて1枚の書類を完成させた。
帰りは、善福寺川公園で秋の野草の写真撮影と思っていたが、その気も失せ地下鉄に乗った。
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