私のエッセー集

・インターネットって丸いもの

・インターネットは嫌い

・壊れた雨樋の下

・手首のこぶ
・ご苦労さん旅行
・最後の一日

・職業欄は無職

・竹トンボ

 


竹とんぼ

  日陰に寄せられた数日前の雪が残っている日の昼時、しのは、ラーメン屋を探しながら、駅前商店街をきょろきょろしていました。
  寒さのせいか、商店街はいつもの賑わいはなく、昼食を求めるサラリーマンの姿も少ない。しのは、ビルの一角にあるラーメン屋で、暖かい汁を飲みながら、これから行われるイベントのことをあれこれと想像しておりました。

今日は、子供の頃の遊びを楽しむのです。正式な名称は知らないが、しのが勝手に名付けた“たけとんぼを作って、飛ばす会”に参加するのです。しのは、もう何十年もの間、ナイフを持ったことが無く、刃物といえば家にある切れの悪い菜切包丁程度です。うまく出来るかな、作ったものがチャント飛んでくれるかな、などと期待と不安との思いで仲間の待つ工房へ向かいました。

   電子メールで知らされたビルの地下の工房に行くと、すでに何人かが談笑していました。みんな、中年のおじさん、おばさんであり、「ああ、この人達も私と同じように子供に帰りたいのだ」と、しのは一安心しました。

  竹とんぼ工作を介しての国際交流のビデオが流れている。農家の軒先にぶら下げられた竹のザル、ビクのテレビ画面を眺めていると、遠い昔の田舎の家を思い出していました.

雪の降る日は、周りがやけに静かになる。学校から帰ってきたしのは、そっと物置の二階の階段をあがり、入り口のところから年老いた父を見上げています。父親は、無言でしのを手招きして、赤々と燃える炭火のそばに座らせました。しのの父は、冬の間の副業に夏に切り出した山笹の竹でザルや電気のカサを作り、雪の解け始める春先に近くのお土産屋などに持っていくのです。父は、親指ほどの太さの竹を起用に割り、曲げながら
「雪はたくさん積もったか」と聞きました。
うん。でも、明日は、止むと思う
「そうか。それじゃ竹スキーでも作ってやろうか」
自分で作る
「その隅にあるもうそ竹で作れ、ナタは、これを使え」

父は、そのまま自分の作業を続けました。しのは、貸してもらったナタとのこぎりで20センチほどの竹板をつくり、火にあぶりながらつま先の曲がりを完成させた昔を思い出していました。

ビデオはもう終わっており、いよいよ竹とんぼの実技です。しのが心配していた、ナイフ作業が無く羽と軸棒は、既に揃っておりました。チョット残念という気持ちと不器用さをさらけ出さなくて済む安堵を覚えながら、マニュアルにしたがって作業を開始しました。周りを見回すとしのと同じように慣れない手つきでキリを使って「穴の位置は大丈夫かな」と作品を作っていました。

指導者の助けを借りながらもともかく出来上がり、いよいよ公園デビューです。いい歳をした大人が、竹とんぼを手に翳ざしての、公園までの道のりはわくわく、がやがやです。

「飛びました」冬の弱々しい日差しの中で竹とんぼは、コスモス畑の赤とんぼの数に負けないほど、右に左へとたくさん飛びました。誰かのとんぼは、木の高い枝に止まって舞い降りて来ません。それを捕まえようと捕虫棒で必死に枝を叩くおじさんの姿は、髪の毛の薄くなった子供そのものでした。こうして、人影の少ない冬の公園は、大人の格好をした子供達でいっぱいになり、急ににぎやかになりました。
「楽しかった」
「また、作ろうね」
「飛ばそうね」
童心に返った大人達は三々五々工房に戻り、暖かいお茶を啜った冬の午後でした。
              おわり(トップへ)