私のエッセー集

・インターネットって丸いもの

・インターネットは嫌い

・壊れた雨樋の下

・手首のこぶ
・ご苦労さん旅行
・最後の一日

・職業欄は無職

・竹トンボ

 


インターネットは嫌い

 今日は、競馬のビックレースのある日曜日です。しのは、いつもの休日のように、朝食兼昼食をとり、コタツにお尻までどっぷりつかりながら、テレビの娯楽番組をなんとなく見ていました。 そんな時、電話のベルが鳴り、「めんどうくさいなー」と思いながら受話器をとると、聞き慣れたおじいさんの声でした.  

いつまで寝ている?早く起きろよ」
起きているよ」
「新宿まで馬券を買いに行くよ。車をだしてくれ」
もう、私は買ったよ」
「一人で行ったのか?」
私は、今年から、パソコンで買えるの」
「インターネットで買ったのか?」
「まあ、似たようなもの」

  本当は、jRA専用のパソコン投票システムであるが、難しい説明はどうせ判らないのだからやめにして、
「何を買いたいの。買ってあげるから・・」
「金は、どうする」
私の口座で立替えて置くから大丈夫」
「じゃ、今からお金を持ってそっちに行くから買っておいてくれ」「わかりました」
しのは、おじいさんの購入番号を控えて電話を切りました。

  おじいさんの購入予定の馬券は、どうも当たりそうも無いので「のんでやろうかな」と思いながらも、パソコンに向かって馬券投票システムを起動させました。

  しばらくして、お友達を連れ添っておじいさんがやってきました。
「お金は、これだよ、馬券をくれ」
「買っておいたからね。ただ、馬券は無いの
キョトンとした顔をして、
「のみ行為は違反だよ」
「うん。ここに買った馬券の一覧表をプリントアウトしてあるら、間違いがないか調べてみて」

  字が小さくてかわいそうだなと思いながら、見方を説明してあげました。わかったのかわからないのかは、しのには、判別できなかったが、おじいさは、
「しのが買ってくれたのだから大丈夫・・」と言いながら、プリント の裏面をみて、
「茶色くないな」と不思議そうにしておりました。すると一緒に来た友人が、
「当たったらこれを機械に入れるとお金が出てくるの?」と聞きました。
「これは馬券でないから、払い戻し機では、お金は出ないよ。私の口  座に振り込まれるの。当たったら私が、お金を渡してあげる。」
「うーん、わかんねーなー、どうなっているのか」

 しばらくの間、お茶をのみながらの競馬談義が続きました。

「午後は、家にいるからレース結果を教えてあげるね。」と、しのが言うと
「ありがとう、レースが終わったころ電話する」と言って二人は、帰りました。
 

  いよいよレースが始まり、テレビの実況放送で当選馬券をアナウスしているときに、電話が鳴り、興奮したおじいさんの声がしました。
 おじいさんの馬券が当たっているのです。
「今から新宿へ、換金にいくよ」
「だめ! あれは、今朝言ったように馬券では無いから新宿では、換金出来ないの
「どうしてだ、おれが買ったのは、間違いないんだろ」
「チットも判ってないね。 パソコン投票だからお金は銀行への自動振込みなの、夕方、いつもの飲み屋にいる? 私がお金を持って行ってあげるから飲み屋で待っていて。」
「判った。あのバラ銭のじゃらじゃらと言う音は、聞けないんだ」

  しのは、おじいさんの楽しみは、馬券を買うために新宿へ行く道中のわくわく気分と、当たり馬券が現金になる時の独特の音を聞くことなのかなと思い、一人で笑いだしました。 

  夕方、しのは、おじいさんがさぞ皆の前で自慢しているだろうと思いながら約束のお金を持って飲み屋に行くと、話題の中心になっているはずのおじいさんが、隅の方でつまらなそうに酒を飲んでいるのです。

「おじいさんどうしたの」
「しの、おれは、インターネットは嫌いだ」
「え! どうして、今日は、このお金で皆と飲むじゃなかったの」
「おれには、皆みたいに馬券がない」

  周りを見回すと各人が、馬券を前にして、「惜しかった」「もうちょっと買っておけば良かった」「頭は当たったのにヒモがなあ」などと、外れ馬券、当たり馬券を酒の肴にしてわいわいと騒いでいる。

「おじいさんだってリストがあるじゃないの」
「これは、機械に入れてもお金にならないだろ」
「だから、今、お金を持ってきてあげたよ」

そこへママがきて、
今日のおとうさん変なの。ちっとも話に加わらないの。競馬どうだった?て  聞くと当たったらしい と答えただけなの。いつもなら馬券を皆に見せて自慢しているのに」
「ママ、今日は、私がパソコン投票で買ってあげたから馬券がないの」
「それで、自慢するものが無いから、ご機嫌斜めなのね」
「ママ、インターネットは、つまらないよ。おれは、嫌いだ。」
どんなに便利になっても、古い私たちには、ついていけないからね」
「おれ達の馬券なんて酒と同じで、友達と楽しむためにあるものだ、そうだろう。ママ」
  ママは、一瞬酒と競馬の関係に躊躇しながら
「競馬も酒も人それぞれの楽しみ方があるからね。おとさんは、酒も一人でちびりちびりというタイプじゃ無いからね」
「そうだ、馬券だって一人で買って一人で当たり/外れを楽しむものじゃないよ。おれは、馬券を肴にしてここで若い人達と飲むのが好きだ」
そうね、前の日は、万馬券の的中を期待しながら、レース後は、外れ馬券を残念がりながら、わいわいと・・
「こんな紙ペラじゃ、本当に当たったのか判らないよ、ママ、そうだろう?」

ママは、答えに困ってしまいました。そこで、しのは、
「元気が出てきたみたい。今度から、おじいさんの若返り薬は、新宿で買いましょう」
「当たり前だ。もうインターネット馬券はこりごりだ」

 しのは、「あれは、インターネット馬券ではない」と言い返す気力も無く、ビールを飲みながら、便利さが時には人の楽しみを奪ってしまうことに気づきました。
              おわり(トップヘ)