しのは、昨日のゴルフの疲れでぐっすりと眠りました。
朝、目が覚めて、両手を挙げて思いきり大きな欠伸をし、手を降ろそうとしたとき、右の手首の異変に気づきました。
手首に小さなこぶが出来ていいるではないか。”何これ?”しのは、首を傾げながら生まれたてのこぶを、恐る恐れる触れてみました。痛いとか痒いとかの感覚は全くないのに、やけに硬くコリコリしていて可愛い。
しのは、”せっかく出来たのだから、しばらくは大事にしておこう”と、奇妙な診断をし、時あるごとにこぶに触れる日々を過ごしておりました。
「しの、しの」と誰か呼んでいます。
「ここにいるよ」
「しの、こぶはどうした」
「そのまま」
「しの、そのうちのだんだん大きくなって卵位になるよ」
「どうして?」
「仕事が面白くないんだろう!」
しのは、はっと思って目が覚めました.。"そうだ!”これは、不平不満の多い最近のしのに対する警告の塊りかもしれない。
しのは、手首の欲求不満に愛着を込めて語りかけました。
「大きくならない内に結論を出すから、それまで頑張ってね」
「うん、僕はがんばるけど、人生は、捨てる神も、拾う神もいるよ。
安心しな。」
「そうだね、欲求不満君、これからもしのを見守ってね」
「まかしとけ」
しのは、再び心地良い寝息をたてはじめました。
ある日突然、
欲求不満の塊が
手首に目をだす。
でも、生まれて離れない
可愛い分身
撫でたり
つねったりして
今日も出勤電車に揺られる
夢の中での欲求不満君との語らいから1ヶ月たちました。その間、しのの愛すべきコブは、チョコンと手首に据わり、しのに「僕、結論を待っているよ」と言っているようでした。
しのは、今日とうとう結論を出しました。
「定年を待たずに会社を辞めたいと思っています。」
こう一言を上司に伝えたとき、急に目頭が熱くなりました。
いけないいけない、こんなはずでは無かった。しのは、平静を装い会話を続けました。
「定年までがっばたらどうだ」
「もう、社内失業には、疲れました」
「社内失業のはずはない。仕事は、十分しているではないか」
「そうですね。でも、とにかく疲れました。」しのは、次にくる言葉をぐっと飲み込み、「まもなく21世紀ですよ。」と、言ってコブを見つめていました。
「良かったね。これで僕も大きくならないで済むよ」と、しのを見上げていました。
「ありがとう欲求不満君、これ以上待たせたら君も大きくなって爆発しちゃうかもね。」しのは、そっとコブに触り、席を立ちました。
その夜、しのは、おいしいビールを飲み、最近に無い眠りに入りました。
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